新実徳英 「合唱っていいな! 作曲・演奏・指揮をめぐって-」

  2016-06-15

 新実徳英さんの名前を初めて聞いたのは,1978年の第27回東西四大学演奏会。関西学院グリークラブが初演した「ことばあそびうたII」の作曲家としてクレジットされていた。ちらしでは「わらべうたII」とされていたので素朴な曲かと思っていたら,曲名が変更されており,文字どおり言葉遊びをリズム遊びに置き換えたすさまじい曲と乱れることない演奏にびっくりした。さすが関学,よくもこんな難しい曲を委嘱したものだとパンフを読むと,作曲者が「関西学院グリークラブがこの曲を演奏してくださると聞いた時」と書いておられて,関西学院の委嘱ではなく作曲者が演奏のあてなく作っていた曲なのかしらんと思った。後に,どうやら畑中良輔先生と慶應ワグネルに演奏してもらうことを想定して,作曲されたらしいことを知り(注1),なるほどそういうことであったかと了解したが,ワグネルには合わない気がする。この曲の初演は関西学院でないと出来なかったであろう。実際,同年度の関西学院グリークラブリサイタルで北村先生が「この曲を暗譜で演奏出来る団体は現在グリーの外に考えられません」と述べておられる。部員によれば「グリーメンはもちろん,指揮者の北村先生までが真っ青になるような難曲」だった。

1)「合唱音源デジタル化プロジェクト 山古堂」 http://yamakodou.blog54.fc2.com/blog-entry-21.html

 その4-5年後,はやくも作品を集めたLPが東芝の「現代合唱曲シリーズ」から出た。「ことばあそびうたII」は北村先生の指揮で同志社グリークラブが歌っており,未然の難曲であった状況から,少しずつ一般化しはじめてた(立教大学グリークラブも1980年の東京六大学で演奏されているが,指揮者はこれも北村先生)。私は,このLPでは何度か聞いた「ことばあそびうたII」より,混声合唱組曲「幼年連祷」に感動した。特に,第1曲の「花」。今ではそれほど斬新に聞こえないかもしれないが,メロディーもリズムも構成も,実に新しい感覚で作曲されているように思えた。新実氏の作曲のみならず指揮者としての,その後の活躍についてはここで述べるまでもない。

 その新実徳英氏が合唱について論考し,栗山文昭,清水敬一氏,松下耕,寺嶋陸也,和合亮一(「つぶてソング」の作詩者)との対談を収めているのが本書。新実氏の創作の秘密に迫るとでも言える内容。新実氏が書いた「研究室 音楽の要素を考える」と松下氏との対談は彼の創作,特に日本語と西洋音楽の記譜法についての興味深い話が,栗山氏との対談では作曲側の意図と演奏側の苦労が,寺島氏との合唱に関する基本スタンスが語られている。

 「ことばあそびうた」の作曲者らしく,ことばとリズムに関する考察が多い。「既に確立されているドイツ音楽,フランス音楽,イタリア音楽のリズム,音階などの仕組みと日本語をどうつきあわせていくのかが課題でした」とあるが。確かに日本人が西洋音楽に本格的に触れたのは明治時代であり,100年以上たった今でも苦労されているのだろうけど,恐らく,各国の作曲者は同じように苦労してきたのではないかと思われる。私は作曲は出来ないけれど,西洋音楽の記譜法は人工的かつ体系的であり,何語であろうとことばのリズムやイントネーションがそのまま載られる,とは思えない。チェコの作曲家ヤナーチェクの男声合唱曲には拍子が8/8,7/8,6/8,9/8などとめまぐるしく変転するものがあり,詩の不規則な音節に合わせる苦労が偲ばれる。一方,西洋音楽の基礎を作ったラテン語では詩篇などではシラブルが決まっていて,リズムや変化を付けるのが難しいらしく,「定型の意識がものすごくあるから,それで書こうとすると全部どつぼにはまりますね」ということらしい。ちなみに,ラテン語はもはや誰にとっても母国語ではないため,歌唱における「なまり」の許容度がおおきいらしい。この「母国語でない歌詞を歌う」は大変面白く重要な問題なので,機会があれば思っている事をまとめてみよう。

 最後に,曲についての対談を受けて,聴いてみたい曲。沖縄の神送りの歌を素材に琉球旋法で作曲された「常世から」,山上憶良の和歌をテキストとする「憶良の詠える」,超難曲とされる「ビオス」。現代音楽的な曲は,今まで余り興味がなかったのだけど,最近になって面白いと思うようになった。

日本男声合唱史研究室

日本における男声合唱史の研究 Study on male chorus history in Japan 主として明治期から1980年頃までの,日本の男声合唱について資料調査したことを中心にアップしていく予定です。いわば,私家版の「日本男声合唱史」を作る試みです。 タイトルは思い切り気張ってみました(笑)。 2024年4月15日から「無料プラン」の仕様が変わるため,構成を組み替えました。

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