京都大学グリークラブ 第50回記念定期演奏会

 京都大学の男声合唱団だけど,多田武彦先生がおられた京都大学男声合唱団から1966年に別れた合唱団。メンバーは30名ほどのこじんまりした編成で,最終ステージの本山秀毅先生以外のステージは学生指揮者が振る,関西の古いタイプの合唱団。演奏は選曲を含めてオーソドックスなもので,端正なものだった。少人数に最適化されたアンサンブルで,力まない素直な発声と柔らかいハーモニーは好感が持てた。しかし,純正調的な音の合わせ方をしていないのか,発声のためなのか,ピッチが安定している割にはハーモニーが澄んでいなかった。

 第1ステージは学生指揮者の中野広さんによる草野心平作詩・多田武彦作曲の男声合唱組曲「蛙」。破綻のない演奏でソロ部分や三曲目と四曲目のつなぎなど工夫を凝らしていた。が,詩がもつエロティックなイメージを表現するには,学生たちは清純(?)過ぎたか。過度な表現になると辟易させられるだろうけど,さっぱりしすぎるのも面白みにかける。原因の一つは,草野心平の奔放に展開するイメージに対応するため,多田武彦が持ち合わせる技法を繰り出して対応しているのが,いまひとつハマりきっていない,チグハグ感があるところであろう。学生はその技法をこなすのに精一杯,という感じ。

 第2ステージは,同じく学生指揮者の加藤勢さんによる「高野山 金剛流御詠歌の響」で,聞きなれない曲目だが,指揮者が高野山金剛講総本部に連絡して楽譜を頂いたそうだ。般若心経の唱和から始まり,宗歌,和讃など(そういえば「蛙」にも「和讃は竹林に満ち溢れ」の歌詞があったな)。声明のようなヘテロフォニーを想像していたら,般若心経以外はどちらかと言えばシンプルにホモフォニックなもので,歌詞(というのかな?)は一聴では理解できないけど,柔らかいハーモニーは気持ちが良かった。仏教界がいつからこんな西洋的なホモフォニックな曲を導入したのかはよく知らないが,弘田龍太郎が1925年頃にできたルンビニー合唱団やパドマ合唱団に曲を書き指揮をしているので,そのあたりが萌芽だろうか。

 第3ステージは中野広さんによるMendelssohn作曲「Adspice Domine Op.121」で成川昭代さんのチェロ伴奏で演奏された。 Adspice Domineとは「主よ,みてください」という意味のラテン語で,パンフによれば「三位一体説節の後の第21番目の安息日に行われる,夕べの祈りのための曲として作曲したといえるだろう」とのこと。初めて聴いた曲だけど,敬虔な中にMendelssohn的な明るさがあって,これも気持ちよく聴けた。御詠歌からキリスト教の祈りの歌まで,幅広いことである。

 この後に「50回記念ステージ」があり,OBも加わって多田武彦の「柳河」と「紀の国」が演奏された。人数が倍以上になり音量は格段にアップしたが,ざらついた感じになるのはOBの練習不足か。記念ステージだから仕方がないけど,なぜこの2曲が選ばれているのかは説明してほしかった。恐らく愛唱歌なのだろうけど。テノールのソロ(学生)が美声だった。

 第4ステージは本山秀毅の指揮で柴野利彦作詩・遠藤雅夫作曲の無伴奏男声合唱組曲「今でも・・・ローセキは魔法の杖」。1978年に作曲されたこの曲,明治の初演が素晴らしくて,あちこちで歌われるようになったけど,もうあれから40年近くになるとは。私も歌ったことがあるけど,それまでの男性合唱曲に文字通り「爽やかなレモンの風を送り込んで」きた印象だった。先生の指揮で,がぜん音がうなりフレーズが躍動するのは素晴らしかった(学生指揮者もよく勉強してまとめていたけど,一流プロ指揮者の歌わせ方はレベルが違う)。ベース系が少ないが,バランスを崩さず歌いきったのはお見事。

 アンコールは50周年記念で多田武彦氏に委嘱した伊東静雄作詩の男声合唱組曲「燈台の光を見つつ」から「燈台の光を見つつ」と「琵琶湖周航の歌」。「 燈台の光を見つつ 」は昨年開催された京都大学グリークラブ創立50周年記念演奏会 で演奏されたようだ(創立と定期演奏会に1年のズレがある)。暗い海から灯台の灯りへと盛り上がっていくところはなかなか感動的。「琵琶湖周航の歌」はこの団のエンディングとしてずっと歌われており,卒業するもの・見送るものの思いが交錯しているところは学生団体らしい。

 全体に真面目に合唱取り組んでいるようで,少人数合唱団として聴き応えがあった。しかし,全ステージで楽譜を持つのは昨今では見ないスタイル。中途半端な暗譜よりは良い・・ということかもしれないが,それなりの力はありそうなのに残念。

日本男声合唱史研究室

日本における男声合唱史の研究 Study on male chorus history in Japan 主として明治期から1980年頃までの,日本の男声合唱について資料調査したことを中心にアップしていく予定です。いわば,私家版の「日本男声合唱史」を作る試みです。 タイトルは思い切り気張ってみました(笑)。 2024年4月15日から「無料プラン」の仕様が変わるため,構成を組み替えました。

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