第67回 東西四大学合唱演奏会

 今年も行ってきました,東西四大学合唱演奏会。同志社が幹事校らしく,京都コンサートホールでの開催。大ホールの総席数1883席と大きすぎず,残響も適度で合唱演奏会にちょうどよい大きさ。

 最初に東西四大学 を聴いたのは1974年の第23回。高校生だった私に,先輩たちの男声合唱は雲の上すぎ,ただただ口を開けて聞き惚れるのみだった。それが,とてつもなくうまい同輩たちの合唱となり,3年前合唱界に復帰してからは,自分の子供より若い世代の頑張りに敬服する会となった。各団の発声は,40年前とあちこち違う。概してテノールの発声は上質なものとなり,ベース系は掘った声が聴かれなくなった。にも関わらず,エール交換で披露される各団のトーンは40年前から基本的に変わらない。指揮者もボイストレーナーも替わっているのに,不思議なこと。エールや愛唱歌が脈々と歌い継がれる中,各団のトーンが引き継がれていくのだろうか,とふと思った。


 1ステージは,早稲田大学グリークラブの男声合唱曲「岬の墓」(作詞:堀田善衞,作曲:團伊玖磨,編曲:福永陽一郎),指揮は小久保大輔さんで,福永陽一郎氏のお孫さんらしい。祖父が編曲された曲を振るのは,気負うなと言っても無理かもしれないが,小久保氏は虚心に詩と向き合い,「『岬の墓』とはいったい何なのか,恥ずかしながら私にはいまだわかりません。」とおそらくは正直な胸の内を述べられおられるが,氏による丁寧な音楽作りは確かに「人から人へきっと伝わっていく」だった。

 今となってはやや古い構成の曲であることが幸いしたのか,早稲田の日本語処理は今まで私が聴いた中で最上で,違和感なく聴くことができた。それが,持ち味の重厚なハーモニーにのると堪らない。特に序奏のアカペラの響きには息を呑んだ。このステージ,曲も指揮者も早稲田の力が十分以上に引き出された良い企画だった。パンフによれば52名の演奏。

 曲の骨太さは男声にもあっているけど,原曲では女声と男声の対比によりこの絵画的な詩を立体的に表現しているけど,それは男声では無理。カラー写真を白黒にした時,元の味わいをどう表現するか? むつかしいところ。


 第2ステージは,関西学院グリークラブの男声合唱組曲「アイヌのウポポ」(採譜:近藤鏡二郎,作曲:清水脩),指揮は広瀬康夫さん。関西学院グリークラブの十八番とも言えるこの曲,第一声の迫力に驚かされた。関学はこの頃,精緻なアンサンブルのまま力強い声を出すことを目指しているようで,このステージは声の力に圧倒された。アインザッツの切れ味が良い。バーバーショップで鍛えられた,というとものの見方が安直すぎるけど,ノリと切れの良い歌声は,故・北村協一氏の世界とは違う新しい「関学のウポポ」を現していた。声が前面に出過ぎたため,早いテンポの曲が全て同じように聴こえたのは残念。オンステメンバはざっと数えて60名ほど。パンフよりやや少ない。

 この「アイヌのウポポ」,元は近藤さんが採譜した「アイヌの歌」であることは知られているが,この組曲も1961年の立教大学初演前(または初演直後)は「アイヌの歌」というタイトルだったらしい。変更になったのは,同じ近藤さんの採譜に林光氏が作曲した「アイヌの歌」が芸術祭に参加されたためだろう。

 ウポポを「歌」と思いがちだけど,アイヌ語の辞書でひくと「座歌」とされている。調べてみると,男共が歌い踊る片隅で「女子供達は同じ部屋の片隅に円座を作り,シントコと言われる行器の蓋などを叩きながら拍子を取って歌う。比較的テンポの早い二拍子である。これがウポポである」となっている。資料により「ウポポ・リムセ」と書いたものもあれば,「ウポポとリムセは別」としているものもあり,素人にははっきりしないけれど「ウポポ≠歌(包括的な)」であることは,アイヌ文化を尊敬する意味で念頭に置いておくべきだろう。

 あと,細かいことだけど,今回のパンフ解説は第47回東京六大学合唱連盟定期演奏会の慶応ワグネルの解説のコピーだけど(ごくわずかな追加を除き),ワグネルの了解は得ているのか,気になる。


 休憩を挟んで,第3ステージは慶應義塾ワグネル・ソサィエティー男声合唱団の「Trinklied und Lied der Freundschaft -『酒と友情』」。シューベルトの「Wein und Liebe (ワインと恋)」,メンデルスゾーンの「Liebe und Wein (恋とワイン)」,Albert Lortzing (アルベルト・ロルツィング)の「Des Hauptmanns Wunsch (大尉の願い)」,リヒャルト・シュトラウスの「Lied der Freundschaft (友情の歌)」,指揮は佐藤正浩さん。ロマン派の曲を主題に沿って集めたステージ。

 ワグネルはドイツ語曲が本当にうまい。往年のワグネルトーンから少し重心が高音側に上がった,私の言い方ではバリトン四重唱的なトーンが,ビロードのようななめらかな統一感あるハーモニーを醸し出しており,聴いていて気持ちが良い。ドイツの合唱団はもう少し低音が鳴っているけど,これはこれでバランスが良い。ドイツ語の子音も,ヘタなところはsやshなどを思い切り飛ばしてくるけど,さすが上品にまとめている。

 あと,どう表現してよいのかむつかしいけど,フレーズの歌いまわしが見事で,小節単位でブチ切れることなく,音節が多いフレーズでも滑かに回りながら次へつながり展開していく。これはワグネル以外では聴けない。とっても音取りが難しそうな終曲も,苦労はされたのだろうけど,感じさせずに歌いきった。お見事。

 メンバーは43名。リストによれば1回生が6人オンステしているが,東西四大学では珍しいと思うけど,オーディションに受かられたのだから,こちらも見事。


 第4ステージは,同志社グリークラブで男声合唱とピアノのための「帆をあげよ,高く」(作詞:みなづきみのり,作曲:信長貴富),指揮は伊東恵司さん。同グリーの第110回定期演奏会で初演され,その時のメンバーは全て卒業したこともあり,再び取り上げられたのだろうか。定演では60名が力強く歌い上げたこの曲,オンステは35名で初めは心配したけど,どうしてどうして,実に力強い歌声だった。昨年の四連はベースが少なくパートが対等のポリフォニーは苦しかったが,今年はパートバランスもよく,作詞者自らの指揮ということもあって,日本語表現も細部まで行き届いた演奏だった。力むことない余力ある演奏。

 「岬の墓」の「美しい船よ 白い船よ 船出せよ」は,年齢を限定せず我々自身を「現代に漂う舟で象徴する」のに対し(團伊玖磨の解釈による),こちらはストレートに「志高い青年よ 二十歳の海を超えよ 風に帆を張り」と青年への「応援歌」である。伊東さんはこの「応援歌」を意識されているようで,次の合同曲もそう説明された。


 休憩を挟んでの合同演奏は,「”若き芸術家とのダイアローグ”による男声合唱とパーカッションとナレーターのための『エスノ・ラップ・ミサ Etho-Rap-Mass』」(作詞:みなづきみのり,作曲:千原英喜,ナレーション:小貫岩夫),指揮は伊東恵司さん。

   I. Canticum (始原のうた)

   II. Shout : Slow-Rap (叫び・ゆっくのりラップ)

   III. Blues : Fast-Rap (ブルース・速いラップ)

   IV. Prayer : Medium (Tempo) - Rap (祈り・中くらいのはやさのラップ)

   V. Choral : (終曲: そして物語は循環する)

 なんかむつかしいけど,伊藤さんがジェイムス・ジョイスのイカロスを歌う詩に考えてこられた事に「見上げるものに再び蒼空は開かれる」という「学生へのエール」を込められたらしい。パンフによれば,「Ethnoは特にアフリカ/インディアン系音楽を指す」,Rapは「稗田阿礼のように」「ここではオーラル・ヒストリー/口頭伝承者の意味合いを強くするもの」だそうです。来場されていた作曲家によれば「我々はどこから来て どこへ行くのか」を問いかけたもので,Iはギリシャ神話,IIはフェニキアの船出,IIIはニューヨークのダウンタウン,IVはアメリカン・ネイティブのイメージだとか。

 ミサ典礼文も使われていが,一曲目がSanctusの一部,二曲目はKyrieと自由に使われ,詞もあちらに飛びこちらが使われ,それにナレーション(ジェイムス・ジョイスの詩か?)がかぶさる。
 言葉ではこういう説明になるけど,あまりそんなことは考えずに合唱に身を任せるのがよいのだろう。語り部(ナレーター)にあちこち時空を連れ回されるようで,面白く聴けました。


 アンコールは「語らいの途中」,作詞がみなづきみのり,作曲はClaudio Monteverdi,編曲は千原英喜。乾杯の歌だそうです。


 ステージストームは,早稲田は斎太郎節,関学はU BOJ!,同志社はSoon ah will be done,慶應がスメタナのSlavnostni sbor(祝典讃歌),同志社は詩篇98と各団の十八番がそろいました。

 今年の四連もほんと楽しかった。来年は2019/6/22(土)に「すみだトリフォニーホール」で開かれるらしいです。予定空けとかなくっちゃ。。

日本男声合唱史研究室

日本における男声合唱史の研究 Study on male chorus history in Japan 主として明治期から1980年頃までの,日本の男声合唱について資料調査したことを中心にアップしていく予定です。いわば,私家版の「日本男声合唱史」を作る試みです。 タイトルは思い切り気張ってみました(笑)。 2024年4月15日から「無料プラン」の仕様が変わるため,構成を組み替えました。

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