合唱組曲の誕生と普及 6)
③出版社の動機
「出版社にも組曲はメリットがあった」という仮説,正確に言うと「組曲が広がっていく中でメリットを享受した出版社があった」という話で,もっと具体的に言うと「組曲に目をつけたカワイ楽譜*が戦前からの合唱楽譜出版社を叩き潰した」という仮説。
* カワイ楽譜については以下を参照。
https://ameblo.jp/tonotono-57-oboegaki/entry-12235526597.html
下図左は,日本合唱連盟の機関紙「合唱の友」に紹介されている合唱楽譜の出版社。昭和23年のことなので,戦前から続く「名門」が並ぶ。国策会社である「音楽之友社」以外は現在では消滅している。
この中で「共益商社」は最大手で,合唱が重音唱歌と言われた頃から多数の合唱曲集をだし,また,教科書出版社であることから学校向けのピース楽譜もだしていた。「シンキョウ楽譜」もピース楽譜をたくさん出していた(楽譜のもとの所有者は「三年菊組」の女子)。これ以外にも小さなところがたくさんあったが,ことごとくなくなった。その理由を正確にたどることは私の力量を超えている。妄想してみると,まずこれらの楽譜出版社の特長は
1. 海外の曲に訳詞をつけ曲集やピースとして販売する。
2.大手は,趣味のための出版より,学校に売ることが主体だった
とであった*。日本人の曲は少なく,戦前や戦後すぐの「流浪の民」や「ハレルヤコーラス」のピース楽譜は中古楽譜市場に溢れている。
* 東京音楽書院は後発のためか,趣味の合唱楽譜に力を入れていた。津川主一の「合唱名曲選集」も戦前はここから出版されており,また,おそらく日本初の合唱雑誌「メロディー」を創刊した(https://ameblo.jp/tonotono-57-oboegaki/entry-12415245169.html)
後発のカワイ楽譜は昭和26年頃から活動を始め,ピアノやギターの楽譜も出版したが合唱出版に力を入れた。後の話だが1970年の出版カタログでは,全体の半分に当たる約20ページに楽譜と楽書(コールユーブンゲンなど)が上げられている。合唱楽譜の特長は,他社のように海外曲の曲集も含まれるが,ほぼ全てが日本人作曲家の組曲や単独曲である。学校向けのスクールピースも手がけていたが,それも全て日本人作曲家によるものである。おそらく,訳詞付き外国譜を主体とする他社との差別化の中,日本人作曲家の作品を出す方針としたのだろう。特に組曲を抑えていったことは,「組曲ブーム」の中で経営に大きく寄与しただろう。男声合唱だけでなく,混声もおそらく女声も主要な作曲家と作品を網羅していった。男声合唱で「とりこぼした」のは多田武彦ぐらいだろうか*。
* 「とりこぼした」というのには大きいが,昭和37年(1962年)の「多田武彦男声合唱組曲集」以外には出していない。多田は,これと全音楽譜出版社から出した「日本合唱名曲選」の1冊以外の初期の主要作品は全て,音楽之友社から出している(混声の「太海にて」はカワイから出した)。昭和34年(1959年)に「多田武彦合唱曲集」を出してもらった恩義だろうか??
もともと,日本の合唱団は日本人の曲など「頼まれでもしない限り歌わない」風潮があり,またそのため作品も多くなく,戦前からの「名門」出版社は日本人の曲を甘く見ていた。海外の古い曲を,著作権を気にせず訳詞をつけ出版していた会社が,組曲の流れに気がついたときには手遅れで,契約を含めカワイ楽譜に抑えられていたのだろう。データや資料が不足しているので,あくまで推測ではあるけれど,事実を眺めるとそうとしか言えない。ある意味,カワイ楽譜は先見の明があった。残念ながら,70年安保で世の中が揺らいだ頃,倒産することになるのだけれど(後述)。
さて,「出版社にとっても組曲が嬉しい」仮説は,以前「グリークラブアルバムの研究 総論」に引用した福永陽一郎の発言がベース*。福永発言の要旨は「合唱楽譜はアメリカのようにピース譜で出すのが理想だが,現在の出版事情では曲集の形をとることは止むを得ない」であり,ピース譜よりページ数が多い曲集は組曲と読み替えてもよいだろう。
* https://ameblo.jp/tonotono-57-oboegaki/entry-12236190707.html
なぜ曲集が出版社にとって良いのか,単純には一冊あたりの売上が高くなることによるのだろう。出版事情の内部に踏み込むことは難しいが,手元にある昭和45年(1970年)の「カワイ楽譜出版目録」と私が所有する楽譜により,その事情をさぐってみる。カワイ楽譜は「カワイ合唱名曲選」というピース楽譜と,通常の単行本形式の楽譜の両方を手がけていたので比較するのに都合が良い*。
* 欧米のピース譜には,作品番号がついている曲集を1作品ずつバラ売りする極限のものもあるが,カワイのものはそこまでではなく,「一曲だけのもの」「同じ曲の男声版・混声版をひとつにしたもの」「曲集」「組曲」から成る。
まず,「ピース」と「単行本」について,収録されている曲数と価格をグラフにした。ピースは楽譜が手元にある44冊,単行本は同じく20冊を対象とした。ピースと単行本のページ数の違いで間延びしないよう,横軸は対数表記になっている。「収録曲数1」は単独曲で,塗りつぶしは組曲,白抜きは曲集を示す(組曲は楽譜表紙にそのように記載されているもの)。主なものには作品名を記した。ピースの単独曲は同じ価格のものが多いため,プロットされる丸の数は少ない。
単独曲では100円を超えるあたりからピースから単行本に,組曲・曲集では5曲を超えるあたりから単行本になっている。これが営業的に単行本とピースを振り分ける目安のようだ。
楽譜のページ数(冊子から表紙や裏表紙,歌詞,広告などを除いたページ数)と価格をプロットしてみると(凡例は先の図と同じ),ほぼラインにのる。半分遊びだけど,これをもう少し細かく,ピースと単行本の「ページ単価」を求めてみる。
価格の「0ページ単価」,つまり価格をページに対しプロットし「0ページ」に外装した価格は,楽譜に対する初期費用の目安とみることができる(条件の違いがあるはずだが,そこは無視する)。そしてその傾きは楽譜が1ページ増えるごとの価格上昇だから,経費もそれに見合い上昇するとみなすことができる。
「0ページ」に精度良く外装するため,ここでは価格の逆数(1/価格)を取り,値が小さくなるので1000倍したもの(1000/価格)をプロットし,線形近似で値を求めた。結果をグラフに示す。ここから0ページ単価(初期費用)とページあたりの価格上昇(経費上昇)は
ピース 0ページ価格31.4円 傾き1.54円/ページ
単行本 0ページ価格110円 傾き0.96円/ページ
となる*。つまり,ピースは初期費用は安いがページを増やすときの価格上昇(費用)が大きく,単行本はその逆である。交点は23ページ(価格で135円)あたりで,そのあたりをめどにピースと単行本が分けられたのだろう(あくまで価格からの推測)。
* 価格y,ページ数xとすると1000/y=ax+bなのでy=1000/(ax+b)から算出。逆数取らないプロットのほうが数字は分かりやすいが,こちらの方がグラフで傾きの違いが分かりやすいので,逆数を採用。
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