スメタナの男声合唱曲
ミュシャ展に行って感銘を受けた話を書いた。スラヴ民族という捉え方と絵の迫力。陳腐な言い方だけど,スラヴ的哀愁とでも言おうか。ビデオコーナーで流されるスメタナのモルダウにもそれを感じた。
スメタナと言えば,今年の東西四大学で早稲田大学グリークラブが「海の上の歌」を演奏するので,楽しみにしている。トップのハイCisはpppの箇所だからファルセット処理だろうなあ。スメタナの男声合唱曲はSlavnostní sbor,祝典讃歌以外はほとんど演奏されないので,これを機会にもっと歌ってもらえたら嬉しい。実はかっこいい曲が多い。
スメタナの男声合唱曲については,1960年頃(昭和30年台半ば)に雑誌「合唱界」の連載「合唱音楽の歴史」で,皆川達夫氏がタイトルのみ何曲か紹介されている。その後,1966年(昭和41年)に音楽之友社から出た渡鏡子「スメタナ/ドヴォルジャーク 大音楽家 人と作品」には合唱曲のリストと簡単な解説が載せられており,知識として存在が分かっていたことになる。このリストには楽譜の出版社名が記されているが,当時のチェコスロバキアは共産圏であり,また,スメタナ自身が「国外で演奏されることを全く望んでいなかった」こともあり(前掲書),楽譜の入手は困難だったと思われる。
状況が変わったのは,1976年(昭和51年)に日本でチェコスロバキア音楽祭が開催され,チェコフィルハーモニー管弦楽団とともにヨセフ・ヴェセルカが指揮するプラハ・フィルハーモニー合唱団(プラハ混声合唱団,東京混声合唱団の英語名がTokyo Philharmonic Chorusなので)が来日したことである。第九やヤナーチェクのグラゴル・ミサを演奏するためだった(その時の演奏がYoutubeにあった https://www.youtube.com/watch?v=V5j9lidYsvo)。もしかすると合唱演奏会を開いたのかもしれないが,詳しいことはわからない(「わだち」という合唱団が来日記念交流会に出席したと記録している)。
重要なのは,この時に来日記念盤として「スメタナ合唱曲集」(コロンビア)と「ヤナーチェック合唱曲集」(ビクター)のLPが発売され,詳しい解説付きで演奏を聴くことができた点。二人の作曲家は,合唱曲の多くが男声で,LP収録曲13-4曲のうちどちらも3曲以外は男声である(3曲は,スメタナが女声,ヤナーチェックは混声)。以下,スメタナについて述べる。
私はこれを聴いて,そのかっこいい曲たちと,いささかもフラットしない強靭な声に驚嘆した。「三人の騎行手」の出だしの衝撃,「海の上の歌」の力強さと広い音域,「スローガン」終末部のバリトンの格好良さ,「祝典讃歌」の迫力は,どれも何度聴いても飽きない。歌ってみたいとも思ったが,所属していたグリークラブでは力不足があきらかだった。楽譜がないことを理由に諦めたのだけれど,驚くべくきことに,少し経ってからYAMAHAで楽譜を見つけることができた。どなたかが注文され,チェコスロバキアから日本に入ってきたものの一冊であろう。楽譜を見て,改めて諦めざるをえないことがはっきりした(上回生として,そろそろ自分達の学年のレパートリーを考え始めていた)。
そして1978年の東西四大学合唱演奏会,初めてステージストームが行われた年だと思うが,早稲田がいきなり「スラーバー!」とSlavnostní sbor(祝典讃歌)を歌いだしたのにはびっくりし,また,感激した。おそらく,これがスメタナの男声合唱曲が日本で演奏された最初ではないかと思う。少なくとも,日本人が演奏した最初であろう。その後,慶應ワグネルやなにわコラリアーズも演奏しているので,楽譜はかなり広まっているように思う。
Slavnostní sborについて,山古堂の「合唱音源デジタル化プロジェクト」*のページでは「実は4番まで歌詞があるので、本気で歌うと日本人は絶対に最後まで持たない。」とされているが,3番までの間違いであろう。楽譜やLPには3番までの収録であることと,オークションで入手した「早稲田大学グリークラブ愛唱曲集」には1番と3番で2番が抜けている(ffの位置が一箇所間違っている)。また,1990年台の慶應ワグネルの演奏も,同様に2番をスキップして歌っている。歌詞に訳がついているが,LPの訳とは異なり独自に付けたことがわかる。
* http://yamakodou.blog54.fc2.com/blog-date-200409.html
以下,楽譜の拍子と目次を示す。青字で日本語訳を付けたものが男声合唱曲で,最初にリストを紹介された渡鏡子氏の訳を付けている。LPのタイトルとほぼ同じだが,分かりにくいものは()で併記した。
これらの合唱曲はタイトルをみるだけで愛国的なものと推察できるが,確かに歴史的なものやイデオロギーを扱ったもので,当時のドイツの状況と似ている。LPの解説者である関根日出男氏によれば,「当時は専門の合唱団体もなかったが,その作品は決して安易に流れず,半音階,現代和声,極めて大胆な転調などを行っている」とある。その理由として「インスピレーションの源となっているのは民謡ではなく,音楽に置き換えたチェコ語の朗唱である」を上げておられる。このあたりは民族音楽の影響を残すヤナーチェックとは対照的で,ヤナーチェックが民謡の不規則な音節に合わせて必然的に使った変拍子は,スメタナでは余り見られない**。
** ヤナーチェックでは3/8+2/8+3/8や3/8+2/4+3/8という変拍子(スラヴ特有らしい)や,小節ごとに拍子が変わる曲がある
「海の上の歌」は,スメタナが聴力を失ってから合唱協会フラホルのために描かれた。1877/1/26に完成し,彼のスウェーデンへの船旅の回想という説もある。1877/3に初演されたが,技巧的すぎるとされ,後にプログラムから外された。今回の早稲田大学グリークラブの演奏は,本邦初演とされているが,1976年にプラハ・フィルハーモニー合唱団が演奏した可能性があること,また,ネットを検索するとコールシャンテが「海の上の歌」を含むスメタナの作品を何度か演奏していることから,そうではないだろう。しかし,こんな難曲に挑まれるのだから,それで十分素晴らしい。早稲田グリーの力強い声で演奏されることを楽しみにしている。
最後に,右下の楽譜の表紙に「Muzeum Bedřicha Smetany」とあるが,これはプラハにあるスメタナ博物館のことで,展示だけでなく出版も手がけていた。2001年にプラハに行った際にこの博物館を訪問し,合唱譜のことを尋ねてみたが,話が通じなかった。楽譜は1956年に出たものらしいので,新版が出ていないかを尋ねたのだけれど,残念。近くのCD屋で「スメタナ合唱曲集」を含む男声合唱CDを何枚か入手できたのは良かったが。
手前がスメタナ博物館。ヴルタヴァ川の遊覧船から撮ったのでボケボケ。
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